Dice-9
----緊急警報放送----

----日本政府および、特務機関ネルフより東海地方を中心とした関東地方全域に特別非常事態宣言が発令されました----

----第3新東京市にお住まいの方は至急、最寄の避難所へ向かってください----

----第3新東京市立第一中学校、第3新東京市中央総合病院、在日国連軍第一、第二、第三駐屯所にて空路による10分毎の移送のほか、緊急避難用地下シェルターへの誘導を行っています----

----第3新東京市の住民である事を証明できる身分証明書と、一人につきひとつまでの手荷物をご持参ください----

----道路交通機関を利用した非難を行う方は、第3新東京市第3ブロック西部第1インターチェンジへ向かってください、軍が待機しています----

----その他、不明な点はこちらの番号―――――にお問い合わせください----

----これより、第3新東京市は国連軍へ全統治権を移行します----

----市内への残留は極めて危険です、住民の皆様は速やかに非難を行ってください----











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「本部司令室、こちらAlpha Flight 1-1
 ターゲット”Angel”を旧東京第17放置区域付近で視認した
 これより1-2、1-3と共に攻撃態勢に入る、Over」


「こちら在日国連本部司令室、状況を把握した。
 こちらも衛星映像でターゲットを確認。
 慎重に進み、攻撃命令を待て、Out」





全体のおよそ7割が水没している旧東京の南西数キロの地点ををF-22戦闘機三機が並列で飛行していた。

在日国連軍本部司令室の要請を受け出撃した彼ら国連空軍の一個分隊は、突如、日本国内に出現した謎の生命体への先制攻撃を目的として現地へ派遣されていた。

低空、低速で徐々に距離を縮めていくと、生命体の全容が徐々にはっきりとしたものへとなっていく。

パッと見は、人に見えなくはない。

しかし、異様に長く細い手足、頭にあたる部分は存在せず、変わりに鳩尾の辺りに張り付く髑髏を連想させる仮面のような顔、魚の鰓のように捲りあがる皮膚。

そして、数十階建てのビルに相当すると思われるその体躯が、人ならざる存在なのだと否応にも認識させる。




「化け物だ………。
 こいつがあれか? 使徒ってやつなのか?」


「らしいな………。
 それにしても、俺は夢でも見てるみたいだぜ。
 こんな意味の分からんもんが地球上にいるなんてな」



「雑談はそこまでだ。
 本部司令室、こちらAlpha Flight 1-1。
 目標を有効射程距離内に捕らえた。
 これより攻撃を開始する、Over」





それまで一定の距離も保ちながら並行飛行をしていた三機のF-22戦闘機が左右に散開し、目標への照準を開始する。




Alpha Flight 1-1、目標ロックオン完了」


「1-2、目標ロックオン完了」


「1-3、目標ロックオン完了」


「こちら在日国連本部司令室。
 状況を把握した、攻撃を許可する」





司令室からの命令と同時に、三機のF-22戦闘機のウェポンベイから切り離されたAIM-120C空対空ミサイルが2発ずつ、計6発が目標めがけて猛進していく。

発射後、機体は敵からの反撃を想定し、すぐさま四方へ旋回すると同時に、目標の様子を観察し続ける。

そして、発射から数秒。

6発のミサイル全弾が目標に命中、豪快な粉塵を上げ、一時的に目標の姿が一切見えなくなった。




「本部司令室、こちらAlpha Flight 1-1。
 攻撃はターゲット”Angel”へ全弾命中
 繰り返す、攻撃は全弾命中だ、Over」


「こちら在日国連本部司令室。
 衛星映像からすべて確認した。
 よくやったぞ、Alpha Flight
 生きてるとは思えんが、念のためにそのまま様子を見てくれ、Over」


了解した、Out




未だに晴れない粉塵の周りをゆっくりと旋回し続けるパイロット達には当初の緊張感は既になく。

完全に仕事が完了したと思い込んだ1-2、1-3のパイロット2人が軽い口調で雑談をし始めた。




「これだけくらって生きてるわけねーだろ」


「全くだ。
 それにしても、ネルフなんぞ出る幕はなかったな、俺達がいれば十分だ」


「違いないな、帰ったら地球の危機を救った勝利の祝いでもやろうぜ。
 なぁ、隊長殿?」


「静かにしろ、お前ら。
 煙が晴れるぞ、油断する
――――――――――





それは一瞬だった。

濛々と立ち込める煙を突き破り、一筋のまばゆい光が1-2、1-3の機体をよこなぎに通過した途端、機体は真っ二つに裂け、そのまま空中で爆散した。


光が放たれたことで立ち込めていた煙が晴れ、その向こうには全くの無傷で佇む巨人がいた。

あまりに唐突な出来事に狼狽する1-1のパイロットだが、目標からの追撃を避けるため、すぐさまターボファンエンジンの出力を上げ、凄まじいスピードで目標から遠ざかる。




メーデー!メーデー!
 司令室!! こちらAlpha Flight 1-1
 ターゲット”Angel”より謎の可視光線による攻撃を受けAlpha Flight1-2、1-3が撃墜された!
 
これ以上の接近は危険と判断し、当機は戦線を離脱する! Over!」



Alpha Flight 1-1、こちら在日国連本部司令室。
 衛星映像より、状況を把握した。
 先程、戦略海上自衛隊厚木航空基地へ緊急着陸要請をした。
 そのままそちらへ向かえ、人員を待機させる、Over」


「了解した! Out!」




F-22の飛び去った後、ぜんまいの切れた玩具のようにピクリとも動かなかった巨人が、唐突にその活動を再開する。

腰をかがめ、水面からかろうじて突き出ているビル郡を足場に跳躍し、猛烈な勢いで突き進んでいく。

その目指す先は第3新東京市。

援軍要請を受け、押し寄せてきた戦闘機の大群を目の前にしてもその前進を緩めることはない。

死を恐れない、いや、死の存在などそもそも知らないその命は、ただ目的を達成するためだけに突き動かされ、歩み続けるだけのようだった。










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「旋回中の無人偵察機より使徒を映像で確認、主モニターに回します」




セントラルドグマ第一発令所は使徒出現を確認後、すべてのネルフ職員が配置についていたが、特に物々しい雰囲気は感じられず、どちらかと言うと手持ち部沙汰にコンソールの前に座るオペレーターたちが目立っていた。

送られてきた映像を正面の巨大ホログラムモニターに回したシゲルも、その横でコンソールと向き合うマコトやマヤも、表情こそ険しいものの目立った動きはなく、ずっと待機の状態が続いていた。

その3人の背後にはネルフ総司令官である碇ゲンドウと、副司令官である冬月コウゾウが立ち、さらにその後ろには国連軍高級指揮官三名が陣取っていた。

三人は眉間に皺のよった苛立たしげな表情で目の前のモニターを睨み付け、ひっきりなしにタバコに火をつける。

すでに目の前の灰皿は吸殻でいっぱいになっているにも関わらず、そこへ強引に吸殻を押付けるため、灰がテーブルの上に散乱し、不快極まりないものとなっている。

そこまで彼ら国連軍を苛立たせるものは何か。

それは単純明快で、一向に使徒の侵攻をとめることができないでいることだった。

すでに現時点で用意できる限界に近い兵器と人員を失い、上層部からの圧力で自身の立場さえ危うくなり始め、戦線からの撤退を余儀なくされつつある。

セカンドインパクト以降の使徒の出現を否定し、ネルフの存在に異議を唱え続けていた彼らにとって、意に反して出現した使徒。

使徒殲滅に関わるすべての指揮権をネルフに移行することなく、なかば強行的に行った作戦は全くの成果を挙げることなく、現実は目の前の映像でまざまざと見せ付けられている。




「くそ!! なぜだ!?
 なぜ効かんのだ!? 直撃だぞ!!」


「化け物め………ッ!!」





新たに増援された十数機のAH-64Dアパッチ攻撃ヘリコプターから発射されたAGM-114ヘルファイヤー空対地ミサイルの強襲にもまったく怯むことがない使徒の姿に、指揮官の一人が唾を撒き散らしながら怒鳴り散らす。

そんな連中の罵詈雑言を後ろで聞きながら、ゲンドウと冬月は涼しい顔でモニターを見つめていた。




「15年ぶりだな」


「ああ、使徒だ」


「やはり、ATフィールドか…」


「間違いない。
 使徒に対して通常兵器では役に立たんよ」


「後ろの連中も、そろそろ諦めればいいものを。
 金と人の無駄遣いだ」


「心配は無用だ。
 そろそろ終わりが来る」




ゲンドウの言葉とタイミングを合わせるように、第一発令所内に在日国連本部司令室からの通信が飛び込んできた。




「こちら在日国連本部司令室!
 目標は約15分ほどで最終防衛線に到達します!!
 繰り返します!
 目標は約15分ほどで最終防衛線に到達します!!
 防衛線周辺にいる人員への退避命令を申請します!!」





その通信に指揮官たちの顔がさらに険しくなり、歯軋りの音がゲンドウと冬月のいる位置まで聞こえてきた。

その時だ。

指揮官たちの横に設置されいる秘守回線電話の呼び出し音がなり、指揮官の一人が側面のカードリーダーへ自らのIDカードをスライドさせ、受話器を取った。




「はっ。
 はい、申し訳ありません……。
 いえ、了解いたしました、それでは」




受話器を置いた指揮官はすぐさま同じ電話を使い、最終防衛線に待機する人員へ通信を入れる。





「私だ。
 上からの通達が出た。
 国家安全保障指令第222号だ。
 そこでやつを食い止めるぞ」


「了解」




通信を終えた指揮官は、となりで不安そうな表情で始終を眺めていた別の指揮官へ目配せする。

それを見た2人の指揮官は、先程までの険しい表情が消え、代わりに不適な笑いを浮けべるとモニターに向き直った。

急に静かになった背後に、一瞬怪訝な表情を浮かべた冬月だが、隣にいるゲンドウの表情にまったく変化のない事を確認すると、自身も相変わらずの涼しい顔で彼らの最後の悪あがきを見守る事にした。










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「住民の避難状況は?」


「はッ、国連軍からの報告を統合すると市内全体の87.7%の非難が完了しています。
 身分証以外に確認手段がないのと、軍に従わない自主的な避難は含めていませんので正確な数値かどうかは判断しかねますが……」


「思ったよりも少ないな。
 要介護者を扶養家族として登録している住基データを洗いなおしてひとつひとつ訪問していこう。
 逃げ遅れている人間がいるかもしれない。
 政府関係者は?」


「そちらはご心配なく、いの一番に避難完了の報告が入ってまいりました」


「ああ……、そりゃ何よりで。
 ホントに、逃げ足だけは速いな、連中は………」




午後の炎天下、避難シェルターの出入り口がある小高い丘の上に設置されたテントの下で、黒のスーツ姿で言葉を交わす田中と諜報員数人は、乾いた笑いを浮かべながら最優先事項となっている第3新東京市の住人の避難状況を確認していた。

緊急警報放送後、一斉に避難の始まった第3新東京市は、現在、住民の姿を見ることは出来ず、聞こえるのは上空を飛び回るネルフの偵察用VTOL機やヘリコプターのエンジン音と、時折、直上を通過する国連軍の戦闘機の轟音だけだ。




「それにしても、本当に現れるとは……。
 国連軍も相当てこずっているようですし……」


「最後の砦が壊されるまで、うちに指揮権は譲らないさ。
 どちらにしても、いま俺達にできる事は限られてる。
 今、やれることを精一杯やろう」




山を越えた遥か彼方から聞こえてくる爆音を背に言葉を交わした直後、スーツの内ポケットに入っている業務用携帯電話がバイブレーションと共に鳴り出した。

手に取りディスプレイを見てみると、本部で指揮を執っている須川からだった。

外を巡回し、常に武器の携帯を許可されている戦闘員たちの指揮を執る田中と違い、彼女は本部で勤務する諜報部職員達の指揮をとっていた。

田中は内ポケットから携帯電話を取り出すと、目の前にいる諜報員たちの注目の中、電話を受けた。




「はい、田中です」


「須川です。
 そちらの状況はどうですか?」



「まぁ、ぼちぼちってところだな。
 ただ、数字上だが、まだ1割近い住民の避難が出来ていない。
 保安局の連中をいくらか回してもらえないか?」


「そりゃそうですよ、現在、国連軍は交通機関と空からの住民の搬送を一時的に中止しています。
 国連軍は使徒殲滅に複合型N2地雷を使用するつもりです」



「おいおい、そりゃあまた………」




急に険しくなった田中の表情に、そばにいた諜報員達の表情が曇る。

同時に諜報員たちは気づいた。

先程まで上空を巡回していたネルフのVTOL機やヘリコプターが次々と兵装ビルの屋上や、第3新東京市内に設けられているヘリポートへ着陸している。

山を越えた遠方から相変わらず爆音が聞こえるあたり、いまだ国連軍による使徒への攻撃は継続されているのだろう。

使徒の殲滅も完了していなければ、住民の避難もいまだ完了していない、ならばなぜ航空班は地上へと戻っているのだろうか。




「国連軍がネルフへの指揮権譲渡の条件としていた最終防衛線に、あと10分弱で使徒が到達します。
 彼らはそこで決着をつけたいようです。
 第3新東京市からはかなりの距離が離れていますし、山を隔てていますので影響は軽微だと思いますが、念のため航空班は私の判断で全機地上へ退避させました。
 地上部隊については、課長の判断でお願いします」



「了解した、助かったよ。
 何かあったら、随時連絡を頼む」


「了解」




切れた電話を即座に内ポケットにしまうと、テントの下に設置されたテーブルの上に置いてあるハンディトランシーバーを手に取り、チャンネルを市内に散開している諜報員たちの所持しているものに合わせる。

田中のそばに立っていた諜報員たちは、電話を切った田中が即座に無線機に手を伸ばしたため、田中がどんな情報を受け取ったのか聞きそびれ、仕方なく、無線機越しに喋る田中の言葉を聞き取ろうと耳を傾ける。




「市内を散開する全部隊へ、こちら諜報二課田中二尉だ。
 本部より、国連軍がN2兵器を使用した目標への攻撃を行うという情報を受けた。
 この攻撃による、この地域一体への影響も懸念される。
 よって、一般市民の避難支援活動を一時中断。
 速やかに近隣の建物に避難し、指示があるまで待機せよ。
 攻撃開始まで、すでに10分を切っている、迅速に行動せよ。
 繰り返す――――――――――」




田中の口から発せられた言葉に、そばにいた諜報員たちの表情が固まった。

核の後継兵器として開発され、通常運用が可能なものとしては最大の威力を誇るN2兵器。

セカンドインパクト後に勃発した世界紛争の世に生まれ、その紛争の終結に大きく関わったこの兵器は、その後、長らく使用される事がなかった。

いくら追い詰められているとはいえ、禁忌ともいえるその兵器を使用する事に、その場にいた諜報員たちは驚きを隠せなかった。




「さーて、と。
 花火じゃないんだから、見ててもしょうがない。
 俺達もいったんシェルターに入ろう」




通信を終えた田中が緊張感のない声でそばにいた諜報員たちにそう語りかけると、テントの下に置いてある椅子やテーブル、携帯端末やPCをテキパキと片付け、それらを担いでシェルターの出入り口まで歩いていく。

田中のあまりに危機感のない態度に、不意を突かれた様に顔を見合わせた諜報員達だが、考えていてもしょうがないという風に、それぞれ必要な荷物をまとめ、田中の後ろに続いていった。










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幼い少女はひたすらに自転車を漕いだ。

普段は人だかりができて賑わっているはずの商店街をぬけ、学校へ通うための見慣れた通学路をひたすら疾走する。

―――――気づいたときには遅かった。

風邪を引いて小学校を休み、薬を飲んでベッドの中で安静にしていた。

いつしか深い眠りに落ち、目が覚めた時――――、街には誰もいなかった。

テレビから流れる緊急警報放送を見て、あわてて携帯を確認すると、兄からの数十件に及ぶ着信履歴。

事態を飲み込めず、半べそ状態で兄の携帯に連絡を入れて、やっと自分の置かれている状況を理解できた。




―――――――「とにかく、兄ちゃんの通ってる中学校へ来るんや!!」




そう言われて、恐怖に押しつぶされそうになりながら、無我夢中で兄の通う第一中学校へ向かった。

遠くから聞こえる爆発音。

時折、空中を飛来する戦闘機の甲高い轟音。

怖くて、蹲ってしまいたい衝動と、目から零れ落ちる涙を必死に堪え、ひたすらに自転車を漕ぐ。

今はただ、兄に会いたい一身で悲鳴を上げる足に鞭打った。

あと少しだ。

あと少しで兄の待つ第一中学校へ着く。

一気に目じりから溢れる涙を服の袖で拭い、建物の隙間から見える学校の屋上を見つめながら最後の力を振り絞る。




――――――――――しかし、少女の希望を打ち破るかのようにそれは訪れた。

これまで聞いていた爆音とは桁が違う。

少女の全身を襲ったのは、大地を割らんばかりの轟音と衝撃。

それまで晴れ渡っていた空に、眩い閃光と共に巨大なドーム状の火球が突き上がり、瞬く間に立ち込める黒煙は日の光を遮る。

爆発と同時に放たれる巨大な衝撃波は爆心地を中心に波紋のように広がり、多くの木々や建物を一瞬のうちに塵へと葬り去っていく。

その莫大なエネルギーは山を越え、遠く離れた第3新東京市の街をも覆いつくす。

爆心地周辺よりも遥かに低い威力とはいえ、軽すぎる少女の体は自転車から瞬く間に投げ出され、幾度もバウンドしながら硬いコンクリートの地面へと激しく叩きつけられた。

幼い体には受け止めきれない激痛が全身を駆け巡り、荒いコンクリートの表面で削られた皮膚から痛々しく血が流れ出る。

それでも少女は朦朧とする意識の中、地面を這いながら必死に自転車のそばまで辿り着こうとする。

――――――だが、再び自転車を跨ぐことはなく、少女はその場に力尽きた。




やがて、粉塵の舞い上がる第3新東京市の上空を甲高いサイレンが響き渡る。

その音は国連軍の敗退を意味し、ネルフへの指揮権の移行を決定するものだった。
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