Dice-10 |
――――――セントラルドグマ第一発令所―――――――― 「おい、碇君。 なんなんだね、この音は?」 N2地雷の影響で映像が乱れたホログラムスクリーンを背にし、自分達に向き直っているゲンドウに対して、高級指揮官の一人が怪訝そうな表情で問いかける。 爆発の直後から第3新東京市には甲高いサイレンが鳴り響き、その音はスピーカーを伝い、第一発令所内まで響いてくる。 ゲンドウはサングラスの位置を中指で直すと、微笑を浮かべ、目の前の指揮官達を一瞥した。 「お約束の通り、使徒は国連軍の本作戦における最終防衛線を突破しました。 これより、使徒殲滅の全指揮権は我々ネルフに移ります」 「……何を言っとるんだ、君は? あの爆発に巻き込まれて生きているわけがないだろう?」 ゲンドウの言葉に、まるで頭のイカれた人間を見るかのような表情で指揮官の一人が返答する。 やがて、ゲンドウの背後で砂嵐のように乱れた映像が徐々に回復していく。 そして、その映像に写っているものを目にしたとき、指揮官たちは自分達の目を疑った。 そこには木っ端微塵に散らばった使徒の残骸でもなければ、黒焦げの死体でもない。 所々、身体の表面が剥げ落ちているものの、ほぼ無傷と言っていいその風貌。 むしろ、受けたダメージを糧にでもするように激しく開閉を繰り返す全身の鰓は、見るものに生理的嫌悪感と恐怖心を見せ付けてくる。 使徒の生存を告げるオペレーターの声は、すでに意気消沈した指揮官達の耳に入りはしなかった。 「ば、馬鹿な……、我々の切り札が………」 「………どうやら、我々の兵器ではもう為す術がないようだ。 だがな碇君、君にならできるのかね?」 「そのためのネルフです」 「ふん………。 では、我々はこれで撤退しよう。 上に報告することが山積みだからな」 そう言うと、指揮官三人は座っていた席を立ち、発令所の出入り口へと足並みを揃えて歩き出した。 使徒を殲滅できず、軍人としての誇りも、自らの虚栄心も打ち砕かれた彼らにとって、すでに最優先事項は自分達の保身に切り替わり、上層部へ自分達が行った作戦の正当性をどれだけ主張できるかを考える事に必死になっていた。 冬月は発令所から指揮官達が出て行ったのを確認すると、映像の回復したホログラムスクリーンに向き直っているゲンドウへ視線を向ける。 「さて、どうするつもりだ?」 「無論、初号機を使う」 「サードチルドレンか……。 勝算はあるのか? 万が一、初号機を失う事になっては取り返しがつかんぞ」 「心配する必要はない」 その根拠のない自信はどこからくるのか、と半ば呆れ顔で隣に立つ男を見つめた冬月だが、使徒に対抗できる唯一の兵器はエヴァンゲリオンしかないことは自分自身も重々承知している。 もう何年も前に乗った船だ。 来るべき時が来たのだから、すべて見届ける覚悟で冬月もホログラムスクリーンに映る使徒を見つめた 「第一種戦闘配置。 これより特務機関ネルフ指揮による使徒殲滅作戦を開始する サードチルドレンはエヴァ初号機にて出撃命令があるまで待機だ」 ゲンドウの声と共に発令所の空気が一気に別のものへと変化する。 先程まで何も行動できずに手持ち無沙汰にしていたすべてのオペレーターが目の前のコンソールを操作し、迅速なオペレーションを開始する。 特に司令室の中核を担うマヤ、マコト、シゲルの三人は、それまで迫り来る使徒に対して何も行動を起すことが出来なかったもどかしさを払拭するように作業に没頭していた。 スクリーンの中で禍々しい姿で佇むその敵を殲滅するために存在するすべての人間が、動き出したときだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ クローゼットと呼ぶにはあまりにゴツゴツと機械的な外見をした収納ケースを前に、一瞬の戸惑いの末に、少年は側面のカードリーダーに自分のIDカードを通す。 途端に”ピッ”という短いアラームと空気の排出音が響き、ガラス製の扉が横にスライドすると、青と白を基調としたプラグスーツが現れた。 同時に鼻を突く滅菌用の消毒液の匂いと、乾燥機を開けた時のような乾いた熱風が少年の頬をかすめ、それがさらに彼の気分に影を落とす。 サードチルドレン、碇シンジにとって、この行動は最初にエヴァ初号機の戦闘訓練を行ってから10日以上にわたって繰り返してきたことだが、それでもいまいち慣れることができないのは彼が根本的に目の前のスーツを身に纏うことを嫌っているからに他ならない。 それでもシンジは、まだ生暖かいプラグスーツを手に取り、すでに裸になっている自らの足から首元まですっぽりと着込み、手首のボタンを押して体型の調整を行う。 備え付けられているベンチに座り、ネルフから支給された携帯端末を操作し、数分前に送られてきたメッセージを開く。 件名:第一種戦闘配置。 本文:チルドレンはプラグスーツ着用後、迎えの者が来るまで更衣室で待機せよ。 現在、シンジの携帯には田中とリツコとミサトのアドレスと番号が登録されているが、このメールの差出人は不明。 アドレスは数字とアルファベット羅列で名前を読み取ることもできない。 戦闘配置という物騒な件名からして確実に何か良くないことがあったのだろう。 現にこの10日間、朝か昼食時には必ず顔を見せていた田中の姿を今日は一度も目にしていない。 何も知らされずとも、少し考えれば自分が置かれている状況は嫌でも自覚する。 使徒が現れたのだろう、きっと。 意識的に考えないようにしていても、携帯を握る手が小刻みに震えてしまう。 シンジは持っていた携帯をベンチに置くと、両腕を組んで願うように目を瞑った。 どうか自分の予想が外れますようにと。 そのとき、更衣室の出入り口のドアが突如開いた。 反射的に田中だと思い込んだシンジは伏せていた顔を上げて入り口を見たが、そこにいたのは深いスリットの入った黒のスカートスーツに赤いジャケットを羽織った葛城ミサトの姿だった。 ミサトの存在を認識した途端、シンジの表情が一気に強張る。 エヴァ初号機で行われた最初の戦闘訓練での出来事以来、ミサトとの関係はいまだ修復されておらず、その後行われていた訓練の中でも必要最低限の会話以上のものは全く交わされていなかった。 「そんなあからさまに警戒されると、こっちも困るんだけど」 「え、あ……その……」 ミサトも自分を見たシンジの表情が友好的なもので無いことは一目で分かったらしく、予め予想していたこととは言え、放つ言葉に棘が混ざる。 彼女自身もシンジとの関係修復は幾度も考えたことだった。 しかし、アメリカ支部から本部での勤務に変わり、山積みとなっている仕事と、引越し後の身辺整理が立て込んだことでほとんど暇な時間が取れなかった。 また、シンジは初訓練時の出来事により、完全にミサトを敬遠してしまっていた。 リツコを交えてミーティングを行っていても、明らかに彼女との物理的距離を置こうとしたり、意識的に目を逸らしたり。 彼のそんな行動や態度は当然ミサトにもはっきりと伝わってしまっていたため、彼女としても面白いものではない。 結果、彼女としてもシンジの上司、ネルフの幹部というプライドが邪魔をし、僅かでも作ろうと思えば作ることが出来た関係修復の時間を無駄にしてきたのである。 結局は多忙を理由に問題を棚上げし、解決を先延ばしにしてしまっていたミサトに大きな原因があると言えた。 そして、今、彼女はこの更衣室に入る前に決心していたのだ。 シンジに謝罪し、共に使徒に打ち勝つべく熱い誓いを立てようと。 だが、先程述べたように、予想していたこととは言え、シンジの腫れ物でも触るような態度と表情はミサトの神経を逆なでするものでしかなかった。 更衣室の出入り口でしばしシンジを睨み付けたミサトだが、自分を落ち着かせるように大きく息を吐くと、ゆっくりとシンジの座るベンチのそばまで歩いてきた。 「……メールは見てくれたわね?」 「えっ………あ、はい」 「第一種戦闘配置。 ネルフがこの命令を発令するときは、基本的に使徒の出現を意味するものよ」 「―――ッ! じゃ、じゃあ……ッ」 「落ち着きなさい。 ………とりあえず、これまでの経過を説明するわ。 本日、午前11時07分、太平洋沖で正体不明の物体を確認。 同日、午前11時10分、特務機関ネルフ及び国連軍はこの正体不明の物体を使徒と断定。 同日、午前11時27分、旧東京17放置区域付近にて在日国連海軍東部方面第22航空隊による使徒殲滅作戦開始。 同日、午前11時51分、在日国連海軍による同殲滅作戦失敗。 同日、午後14時43分、使徒、在日国連軍ヤビツ峠絶対防衛線を突破、同時刻を持って国連軍は使徒殲滅における全指揮権をネルフへ譲渡。 同日、午後14時54分、特務機関ネルフより第一種戦闘配置命令発令。 これより特務機関ネルフは使徒と呼称する生命体に対する殲滅作戦を開始する。 ……碇シンジ君、ネルフ戦術作戦部長として、あなたにエヴァ初号機パイロットして本作戦への参加を要請します」 シンジの動揺をよそに、ミサトは一言も詰まることなく理路整然と現在までの経過を手元のメモ帳を見ながら説明してみせ、最後の一言はシンジの目を真っ直ぐに見据えながら力強く言い放った。 一方のシンジは、自分の一番現実なって欲しくなった予想が的中してしまった絶望感と、ミサトが一気に事のあらましをまくし立てた事により、眩暈を覚えるほどに混乱していた。 頭ではとっくに理解していた。 これは今までやってきた訓練ではない、実戦なのだと。 しかし、頭では理解できても、精神がそれを受け入れることを完全に拒否している。 いつも回りの意見や雰囲気に流されて生きてきたシンジにとって、これほどまでに自らの意思、心境を貫き通したいと思ったのは生まれて始めてかもしれなかった。 一方、いつまで経っても返事をしないシンジに、自分の言ったことが理解できているのか不安になったミサトは、少々険しい表情でシンジの顔へ自らの顔を近づけた。 「シンジ君、私の話、聞いてる?」 「あ……、いや………は…い………」 一瞬、ミサトと目を合わせたシンジだが、すぐに顔を横に向け、視線を床へと落とす。 その反応は、さらにミサトの神経を逆撫でした。 「ねぇ、今までの訓練で散々説明してるから分かってると思うけど。 使徒が出現した以上、あなたには戦ってもらわないといけないの。 そのこと、分かってるわよね?」 「………分かってます」 「だったら、ちゃんとして! 私の説明を一字一句聞き逃さないように、しっかり私の目を見なさい!」 ミサトに捲くし立てられたシンジは、伏せていた視線をゆっくりとミサトの顔へ持っていく。 シンジの目に映るミサトの表情は自らに向けられた憤怒の念に満ちていて、ここまで他人に叱り飛ばされた事も、シンジのこれまでの人生で初めてのことだった。 シンジの視線が自分の方へ向いたことを確認すると、ミサト自身も冷静な態度を取り戻そうと、1つ、2つと深い呼吸をする。 ここで怒りに囚われ、シンジへの的確な指示をミスれば、この先に待ち受ける戦いに影響しかねない。 この戦いはミサトにとって、長く険しいこれまで人生のほとんどを掛けて描いてきた重要な戦いの幕開けなのだ。 終局を見ずして、すべて終わってしまうなど絶対にあってはならない。 「……とにかく、あなたにはこれからエヴァ初号機に乗って戦闘が始まるまで待機してもらうわ。 その前に技術部からいろいろと説明を受けるだろうから、よく聞いておいて。 それじゃ、移動するわよ」 そういって踵を返して出入り口へ歩いていくミサト。 その後をシンジは1メートルほどの間隔を開けてとぼとぼとついていく。 天井部に取り付けられた道案内の標識などには目もくれず、複雑に入り乱れる通路をミサトは何の迷いもなく突き進む。 その後ろを歩くシンジの視線は、やはり下を向いたままで、目に映るのは緑色の床に反射する照明の光と、正面を歩くミサトのヒールの踵の部分のみ。 今度ばかりは、このまま流れに身を任せれば辛い試練が待ち受けているだけだ。 それなら、このままエレベーターホールの方まで走って、そのまま逃走してしまおうか。 ―――おおよそ、現実的でない現実逃避妄想が浮かんでは消え、また浮かぶ。 なんど自己嫌悪を繰り返したところで、自分の本質はこのざまだ、何も変わりはしない。 いつぞや、田中に言われた言葉がシンジの頭に浮かぶ。 ――――――君が人類のために命を懸けてくれるなら、俺は君を守るために自分の命を懸けよう。 あの時、田中が見せた真っ直ぐな瞳が今もシンジの胸を無残に抉る。 こんな状況だから、シンジはなおさら思うのだ、自分にそんな価値はないと。 こんな自分に、人類を守るなどという大儀、背負いきれるはずが無い。 なぜ、父は自分を呼んだのか。 今までずっと自分をほったらかしにしておいて、辛い目に合わせておいて、さらにこんな仕打ちを与えるのか。 なぜ、自分だけがこんな目に合わなければならない。 すでにシンジの精神は自らの境遇への恨みつらみを吐き出すことで保っているに等しく、いつの間にか下を向いていた目を強く瞑り、小刻みに震える両手を握り締めていた。 「勘違いしないで、戦っているのはあなただけじゃないわ」 「……えッ? わッ……!!」 完全に自らの殻に閉じこもっていたシンジの耳に、凛としたミサトの声が降ってきた。 唐突に現実の世界に引き戻されたシンジは反応に一瞬遅れを取り、歩みを止めていたミサトの背中へ顔面を打ち付けてしまった。 顔を上げてみれば、すでに通路は行き止まりで、正面には訓練時にいつもエントリープラグへと乗り込むために訪れる研究室と同じ、巨大なゲートがそびえている。 慌てたシンジは、とにかくミサトへの非礼を詫びようと慌てて頭を下げる。 「あ、あのッ…ごめんなさい! よそ見してて、あの……」 シンジの謝罪など、耳に入っていないのか、ミサトはさらに言葉を続けた。 「私達がもし、このネルフ本部への使徒侵入を阻止できなかった場合。 この施設は使徒もろとも自爆するようになってるわ」 「えっ………自…爆…? ど、どういう事ですか!? それって……」 「理由を話している時間はないわ。 ……とにかく、ここにいる人間は全員、いざとなれば使徒と刺し違える覚悟を持って働いているの。 今までも、そして、これからもね」 険しい表情は最初のまま、だが言葉のひとつひとつは確固たる強い意志が宿り、それ意外の雑多な感情は一切含まれていない。 それは絶望の殻に閉じこもり、現実から離れていくシンジを論するようにも聞こえる。 また、一方ではミサト自身が自らの覚悟を確認するかのように言い聞かせているようにも聞こえる。 彼女自身も、14歳という年端も行かない少年を過酷な戦場へ送り出すことへ罪悪感を抱かないはずが無い。 人類の未来のためという大義名分の影に隠した自身の人生を掛けた目的。 ――――――その達成のために、この少年を地獄へ叩き落す覚悟はあるか。 ――――――その達成のために、この少年の人生を潰す覚悟はあるか。 ――――――もし、この少年が命を落としたら、その罪を背負ってでも生きていく覚悟があるか。 複雑な表情で自分を見つめる少年を見ながら、ミサトもまた、自らの心と葛藤を続けていた。 「あなたが無事で帰ってこれるように、私たちは最善を尽くすわ。 だから、逃げないで。 自分の意思でここに残ったんでしょう? だったら、その自分の意思に泥を擦り付けるようなことはしないで。 生きてここへ帰ってきなさい。 その後にあなたがどんな決断をしようと、私は何も言わないわ」 ミサトはそう言い終えると、正面のゲートに向き直り、ゲートの側面に付けられたカードリーダーに自らのIDカードを通し、ロックを解除する。 空気の排出音と共に瞬時に開いた巨大な扉の向こうには白い光に包まれた広く小奇麗な研究室に、白衣を着た数名のスタッフが待機していた。 2人の存在に気づいた研究員たちは、駆け寄ってくるでもなく、シンジが中へ入ってくるのを待っているようだった。 彼女の言葉を聴いても、やはり複雑で、落ち込んだ表情のままミサトの隣を通り過ぎようとしたシンジに、突如、明るく弾んだ声が飛び込んできた。 「ああ〜、待ってシンジ君! ひとつ言い忘れたことあったわ!」 「え………?」 いきなり180度様変わりしたミサトの態度に、キョトンとした表情でシンジは向き直る。 ミサトは艶のある自らの黒髪を撫で、若干照れくさそうな表情と仕草をしながら、視線をシンジへと向ける。 今までシンジに対して辛辣なことばかり言い続けていた手前、今さらこんな話をぶり返すのはミサト自身も不自然だと感じていたが、ここまで言いたいことを言ったのなら、見栄もプライドもかなぐり捨ててすべて喋ってしまおうと決心した。 「もう遅いんだけどさ。 あの時、エントリープラグで暴れるあなたを怒鳴ったこと……謝るわ。 怖くて当たり前だもんね、私もカッカし過ぎちゃって……。 えへへ…、リツコにも怒られちゃった、”大人げないって”」 髪を撫でる仕草が、かき上げる仕草にかわり、さらに照れくさいのか顔の赤みも増す。 それでも、この機会を逃すまいと、腹に溜め込んだ謝罪の言葉をゆっくりと吐き出していく。 「………ごめんなさい。 本当はもっと早く言えば良かったんだけどね。 よかったら、仲直り……してくれないかなぁ…って」 両手を拝むように合わせながらチョコンと頭を下げたミサトは、短い照れ笑いを浮かべながらシンジの顔を見やった。 先程の険しい表情から放たれる辛辣な言葉と、今の彼女から送られた優しく素直な謝罪の言葉は、暗く、希望の無い感情に囚われていたシンジの心に強烈なストレートを打ち込んでくる。 急激な感情の波に揉みくちゃにされたシンジの表情は見る見ると泣きそうな表情にゆがみ、それを見られまいと踵を返して、研究室の奥へと走っていった。 走り去っていくシンジの背中を満足げな表情で見つめながら、ミサトは一歩、ドアから後ずさった。 途端に、研究室の扉は閉まり、目の前には冷たい鉄の扉が再びそびえ立つ。 そのまま通路を歩き出したミサトの表情は、すでに先程までの和顔愛語のものではなく、ネルフ戦術作戦部長と、軍人の2つを併せ持ったものへと変わっていた。 彼女は歩みを止めない。 彼女が今居るべき場所へ行くために、やるべきことを成すために。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ――――――――第一種戦闘配置命令発令から数時間後―――――――― 「明星ヶ岳セクター14、第六から第八までの防衛設備大破!!」 「同セクター、主兵装ビル郡の弾薬枯渇!! 使徒、強羅絶対防衛線を突破!!」 対人間に使用するならば鉄壁と言うべき防衛設備も、使徒を前にしては赤子の手を捻るが如く、目標に対して一切の効果を発揮することなく次々と破壊されていく。 破壊されずとも、ただ闇雲に撃ち続ければ当然弾薬は底を尽き、すでに使徒迎撃システム稼働率は当初の3分の2を切っている。 第一発令所を取り巻くオペレーターたちは1つ、また1つとディスプレイから消えていくビーコンと、減り続ける数字に苛立ちを隠せなかった。 国連軍が撤退してから数時間、発令所に響くのは迎撃システムをコントロールするマヤを中心とした技術部職員と、その状況を報告し続けるマコトとシゲルの声だけだ。 「状況は好転せず、だけど、足止めくらいにはなってるわね」 「足止めに使うにはあまりに大きな損失よ、葛城一尉。 直すほうの苦労も考えて欲しいものね」 「このときのために掛けてきた投資でしょ? 無駄にならなかっただけでも儲け物だと思うけど? で、初号機の方はどうなの?」 「パイロットも含めて最終調整中。 何しろ、実働なんて初めてのことだもの。 後は装備ね。 開発中のものも含めて配備できるかギリギリまでやっているけど、正直、あまり期待はしないで頂戴」 「ま、仕方ない…か」 発令所の緊迫した空気とは裏腹に、ミサトとリツコはあくまで冷静で淡々と意見交換を行っていた。 長きに渡り開発が進められてきたエヴァは、これまで幾多の実験を繰り返してきたが、実戦に投入されるのは言わずもがな、これが初である。 汎用兵器と銘打ったところで、その使用範囲はあくまでも”使徒殲滅”であり、それ以上の運用を行うことは全世界の猛反発を買い、敵に回すに等しい行為と言えた。 無論、エヴァの存在は一般公開されていない極秘なものであり、使徒殲滅がすべてにおいて優先されるネルフという組織にとって、そのような行動を起すメリットはどこにもない。 とにかく今は、使徒が第3新東京市に来襲する時間を少しでも遅らせる事で出来る限り備えを充実させ、シンジに有利な状況を作っておきたいとミサトは考えていた。 何もかも手探り、しかも相手の力は強大。 戦争をするにはあまりに不恰好な現実だが、今はなりふり構ってはいられなかった。 「都市防衛に最低限必要なもの以外はフル稼働よ! ありったけの弾をぶち込んで少しでも時間を稼いで!!」 「りょ、了解!!」 ミサトの掛けれた発破に、マヤが焦り気味に答えた。 すでにかなりの時間コンソールを叩きっぱなしのマヤの疲労は相当なものだったが、もうここまでくれば自棄と言わんばかりに激しくキーボードを叩く。 途端に一斉稼動した大型兵装ビルは、アクティブ・レーダー・ホーミングのミサイルを使徒へ向け怒涛の如くばら撒きまくる。 当然、使徒はその攻撃に対してATフィールドを張ることで防御し、攻撃が止んだタイミングで兵装ビルを破壊しに掛かってくる。 完全な消耗戦だが、とにかくこの一連の行動を繰り返すことで少しでも使徒の移動スピードを落とす事しか、今の彼らには取るべき手段がなかった。 「うああああ!! 一週間前に完成したばっかりのビルがッ!! 改修予算通るのかよ!?」 「日向……、もう気にするのやめよーぜ……」 半狂乱状態で叫んだ日向マコトを諦めきった表情で青葉シゲルがフォローする。 莫大な資金を投入して作られた設備が呆気なく吹き飛ばされる光景は、また別の意味で彼らの精神に重くのしかかっているようであった。 |
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