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仮眠室のベッドの中で田中ヨシノブは目を覚ました。 全身は汗にまみれ、Yシャツと肌がベットリとくっ付き不快な感触が全身を包む。 さらに輪をかけて気分を不快にさせているのは、耳音で鳴り響く携帯電話のアラーム音とバイブレーションのダブルパンチだ。 もしこの世に気分爽快な目覚めをプレゼントしてくれる目覚まし音があるなら、1ヶ月の給料の半分を出してもいいと真剣に思える。 とりあえず、アラーム音を止めると就寝灯の淡いオレンジの光だけの仮眠室の電気をつける。 床に放り出されていた制服の上着と簡易キッチンの上に置かれているショルダーホルスターに収められたままのグロック18自動式拳銃と腕時計を身に着けた。 腕時計の時刻は現在13時20分をさしていて、大体4時間ほど仮眠を取っていたことが分かる。 上着もYシャツも皺だらけで我ながらだらしないと思いつつ、そんな事をいちいち気にしていられないほどここ最近は激務が続き、シャワーも浴びずにベッドに飛び込んだのだ。 「とりあえず、仕事に戻りますか」 2,3回首を左右に振り、息を深く吸い一気に吐き、仮眠室の電子ロックを解除し外に出た。 仮眠室前の廊下はバルコニーになっており、眼下にはネルフ保安諜報部二課の職員がオフィスの中で思い思いの仕事に没頭していた。 書類を片手に走り回るもの。 複数の液晶ディスプレイを眺めながら、懸命にキーボードを叩き続けているもの。 受話器を顎と肩にはさみ、メモを取っているもの。 こんな光景さえなければ、どこか高級ホテルのロビーを思わせる外観のオフィスだが、紛れもなくそこは仕事場だった。 田中は辺りを見回し、目的の人物を見つけることが出来た。 皆一様に赤いいちぢくの葉の肩章の入ったブロンドの制服を着ているが、その人物だけは黒のパンツスーツを着込んでおり、肩まで伸びたセミロングの髪を背中に流し、スーツと同色のノートPCを操作していた。 彼女は田中の存在に気づくと、口の端を吊り上げ、いかにも”私はあなたに不満があります”という表情で眉毛をひくつかせながら睨んできた。 「あら課長、おはようございます。 もう午後1時回ってますけどね!」 「申し訳ない! どうしても眠かったもんで」 「”眠かったもんで”じゃないですよ!! 私には私の仕事がたっっっぷりあるんです! それともなんですか!? 私に残業をしろとでもいうんですか!?」 田中が両手を顔の前で合わせぺこぺこと頭を下げている相手は、ネルフ保安諜報部二課・課長補佐の 階級が二尉であり、この諜報部二課の課長の役職についている田中よりも当然立場は下になるが、そんなことは全く意に介していないのか、胸の前で両腕を組み、椅子に踏ん反り返りながら猛然と毒を吐き続けている。 「全く………。 サードチルドレンに付いている監視班からの連絡は課長に直接のはずでしょう? それを電話でいきなり” 見ておいて、俺は寝る ”ってどういう事なんです!? 私は便利屋じゃないですよ!?」 「本当に申し訳なかった。 でも、とりあえず落ち着こう? みんな見てるから」 興奮していたせいで周りの視線が自分たちに向いている事に気づかなかったのか、須川は赤くなった顔を俯かせながら咳払いをすると、しっしと片手で”仕事に戻れ”とジェスチャーした。 周りも、自分たちの上司が我を忘れることなど大して珍しくもないのか、それ以上は興味を示さずに散っていった。 「………で、頼んでおいたサードチルドレンの様子はどう?」 「………20分ほど前に監視班から報告のメールが入りました 特に問題はなく、交通の遅れもありません」 須川は手元のパソコンを操作しメーラーを起動すると、一通のEメールを表示させ、田中にも見えるようにディスプレイを向けた。 さらに操作するとディスプレイ全体が地図に変わり赤色のビーコンが路線と思われる部分で点滅している。 「ここからなら後1時間ちょっとくらいでこっちに着くな……。 じゃあ、俺は出るよ。 いない間のことはよろしく」 「ちょっと・・・その格好で行くんですか? いくら子供相手だからってだらしなさすぎですよ! それに課長、お風呂入ってないでしょう!? ちょっと臭いますよ!」 「分かってるってー。 ここんとこ忙しくて入れなかったんだってば。 ちゃんとシャワー浴びるし、着替えるから」 これ以上のお説教は勘弁とばかりに、田中はそそくさとオフィスを後にした。 その光景をニヤニヤと眺めている職員をひと睨みすると、須川はデスクの上のノートPCに向き直り、仕事を再開する。 彼女には今日中に片付けなければならない仕事がたっぷりと残っているのだ。 |
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