Dice - プロローグ
12月半ば。

この時期が静かに降り積もる冬の象徴に染まったあの頃は、いったいどれくらい前だろう。

頭上から照りつける太陽の熱は、そんな記憶はもう遠い遠い昔のような錯覚を起させる。

遠くに見える山は青々と茂る木々の色に染められ、この島国は”夏”という季節をもう長い間維持し続けていた。



―――――第24放置区域

かつて東京と呼ばれたこの一帯は、すでに見る影も無く、まともな人間は誰一人と住んではいない。

周囲は廃墟となった高層ビルや住宅が並び、捲れ上がった道路と露出した地面には雑草が生い茂っている。

その中で、ひときわ広い敷地に立てられた巨大な廃工場の周囲を複数の軽装甲機動車と迷彩服に身を包んだ兵士が取り囲み、工場の直上には2機のAH-64アパッチが轟音を上げながら飛び交い、空中からの監視を行っていた。



1台の装甲車両の中から一人の男が拡声器を手に降りてきた。

数ミリに整えられた坊主頭から滴り落ちる汗を袖で拭い、拡声器の電源を入れる。

軽く息を吸い、マイクに向けて毅然とした声で呼びかけた。



「こちらは戦略自衛隊第13普通科連隊所属、田中ヨシノブ二等陸尉である。
 貴殿らは銃器の密輸、密売による銃刀法違反、他、複数件に及ぶ殺人、傷害、強盗の容疑で逮捕状が出ている。
 速やかに武装を解除し、投降せよ。
 こちらの要求に従えない場合、我々は武力を持って本施設の制圧を行う。
 時刻は現時刻1405より15分後。
 これは最後通告だ」



男の声は複数の装甲車に配備された大型スピーカーを通し、大音量で響き渡った。

再び流れ落ちた汗を袖で拭い、拡声器を装甲車の助手席にしまい込む。



「状況は?」


「はっ。
 上空のヘリ、および狙撃班からの報告は変化なしです」


「そうか」



傍らに立つ副官の言葉に男は落胆した。

無線機も通じないこの状況ではこれ以上の説得は不可能だ。

通告どおり、時刻までに投降しない場合、総攻撃の命令が出ている。

こちらに勝つことなど到底無理に決まっているのに。



「それにしても、第1から第30まであるこの区域だけで、あとどれくらいこんな連中がいることやら」


「愚痴か?」


「いえね、たまには命を掛けない仕事がしたいだけですよ」


「……当分の間は無理な話だな」



再び口を開いた副官からの言葉を受け流し、耳元のレシーバーマイクの電源を入れる。



「各班、戦闘準備」



男のレシーバーには次々と各隊の配置完了の報告が入ってくる。

やがてすべての配置が完了し、空中からの監視をしていたアパッチが廃工場直上から退き、先ほどとは打って変わって静寂が訪れた。



「作戦通り、抵抗するものは排除しろ。
 降伏するものは可能な限り保護し、外に連れ出すんだ」



男は左手首のミリタリーウォッチに視線を向ける。

時刻は14時20分。

当初の警告どおり、15分が経過していた。



「…………時間だ。
 全員の無事を祈る」



無線の終了から数秒。

遥か上空を旋回していた無人航空機[UAV]から発射された空対地ミサイル5発が重力加速度とロケット推進力により凄まじいスピードで廃工場へ直撃した。

だが総員60名の一個小隊は辺りに轟く爆音と砂塵に紛れ、臆することなく進行を開始する。

その中に、自らの部隊を引き連れるように先ほどの男が走っていた。

つい数分前まであった人間らしい表情は消え、獲物を探す猛獣のように銃を構え突撃していく。

彼の姿は恐れを知らぬ勇士か、それとも冷酷無情な殺人機械か。

人が途方も無い時間の中で築き上げた人生のすべてがたった一瞬の間で散っていく。

己の命を銃に託し、明日を勝ち取るために引き金を引く。

それは人間が最も生きている事を実感できる瞬間。

そこにいる彼らにとって紛れも無い現実[リアル]だった。
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